園長のひとりごと

園長のひとりごと2024年4月号「こどもまんなか」

今年の桜だよりは大幅に遅れて、やっと満開となりました。新しいお友達の入園や進級の日を待ってくれていたのでしょう。有田川にも水鳥の姿は消え、 春の訪れを楽しむように燕が元気に飛び交っています。さあ、いよいよ令和6年度が始まりました!今年度も元気な子ども達の声が響き、笑顔がはじける 日々にしたいと思います。保護者の皆様!どうぞ、よろしくお願いいたします。  さて、年度当初にあたり、ルンビニー幼稚園、平安こども園、あかさかルンビニー園、くわこば保育園の全職員が毎年恒例の、4園合同会議を先日開催いたしました。 まず、4園合同の今年度目標(取り組んでいきたい保育)を、「こどもがまんなか」という言葉にしました。ひらがなで書くとちょっとわかりにくいのですが、 「子どもが真ん中」と漢字を交えると意味がお分かりいただけるかと思います。 この言葉は令和5年4月に制定された「子ども基本法」という法律の理念の中心となるものです。子どもを真ん中に据えて社会全体で子育てを担うこと、そして 家庭での育児も園の保育もこどもをまんなかにおいて考えていこうとすることなのです。今まで特に私のような、どっぷり昭和生まれの昭和育ちの育児や保育は、 指導型教育・保育だったのですが、これからは指導に偏らず、こどもの主体性を大切にしていこうとするものです。指導というものは、指導者の考え方や概念で、 どの子も同じように教えていき、その概念からはみ出す子は矯正していかねばならないと考えることが主流だったように思います。 しかし、こども達一人一人の個性が違うことや興味関心が違うこと、一人一人の特性があることが当たり前であること等を考えてあげて、一人一人の幸せな毎日の 成長を認め喜び合うことこそが、その子の幸せであると考えていくことが「こどもがまんなか」ということなのです。 どんな時も「この子にとって、どうなの?」と、投げかけて見つめて共に生きる事、人と比べる事のない、その子のそのまんまを認める事だと私は理解します。 でもそれは、子どものやりたい事や、やりたくない事を、こどもの言う通りにさせる事というわけではありません。傍らにいるお父さんやお母さん、また、私たち保育者 が、目の前の子どもが何に興味を持ち、何を面白がっているのか、そして、そのことが他者や世界とどのようにかかわろうとしているのかを、大人が子どもの気持ちを共有し 一緒に感じられるような気持ちで子供の成長を捉える視点を持つことが大切であるということを言っているのだと思います。簡単に言えば、童心に戻って、子どもと考えたり、 楽しんだりすることで見えてくる子どもの気持ちや姿、そして成長を受け止める事が「こどもがまんなか」ということではないでしょうか。  我々大人にとって難しいことは、童心にかえることではないでしょうか。ついつい指導をしたくなるのが私たちであり、大人の方々です。大人の概念を払拭し、 「邪気のない子どもの心で、子どもたちの想いを理解し、ともに育みあうこと」という意味で、今年度の目標にしました。 今年度も、保護者の皆様方と理念や目標に沿った、温かな保育の日々を送ります。どうぞよろしくお願いいたします                                                     O・N  (文責)

園長室だより3月号

今年度もいよいよ最後の月となりました。皆様方のご協力のもと、子どもさん達と共に元気で明るい毎日を過ごすことができました。 どの園も子どもさん達のぐんぐん成長していく毎日に、私たちは驚かされたり喜んだりと、本当に保育の仕事に携わる幸せをいっぱい感じる 日々でした。本当にありがとうございました。 そして、3月は年長の子どもさん達とお別れする、ちょっぴり寂しくもあり、旅立つ皆さんを頼もしくも感じるときですね。  さて、先月よりルンビニーや平安こども園では、毎年恒例の「造形展」「ひょうげんてん」が開催されておりました。(くわこば保育園も来年度は やりたいと思ってます)この催しは、年間を通じて各年齢の取り組みを保護者の皆さんにご覧いただくもので、子どもたちの気持ちや感性をアートや 造形で表現するものです。子ども達は大人の様に自分の気持ち(心の想い)を、言葉にすることがなかなかできません。0歳児や1歳児さんならなおさら ですよね。でも、心の想いはアートである描画や造形(形で表出する)では、年齢に関係なく様々な生活の中で表すことができます。 例えば園庭で小枝を拾って地面に鼻歌を歌いながら何かを描いているときに、たくさんの円を描きながらご機嫌な気持ちを私たちに見せてくれます。 また、空き箱をいくつか使って1歳児さんたちは床を連なって動かしては、「シュッシュッポッポッ」と、列車をイメージして遊んでいるときに「これは 僕の大好きな汽車だよ」と、話しているように感じます。そうして私たちは「○○君汽車がすきなのね」って、彼が言葉を発しなくても話してますよね。 この様に作品を作り出す芸術的なことではなく、会話や想いとして感じる「ひょうげんてん」として私たちは皆さんに観ていただいているのです。 今年も様々な子ども達の思いが詰まったアートでいっぱいでした。そのような中、やはり年長組さんになると、友達と一緒に考え相談することができるようになり、あるクラスでは、自分たちのデザインを世界中に発信したいと考え、「インスタグラムをしようよ!」となり、私のところにお願いにやって来てくれました。私はこの便利なツールが子どもたちの日常に浸透している事に驚きましたが、それと同時に5歳であってもSNSの弊害について考えなければと思い「確かにいいアイデアだけど君たちのことが世界中に知られることはマイナスなこともあるよ・・・」と話して、「おうちの方と相談して」と子ども達に話しました。 すると子どもたちはアンケートを作り、うちに帰って話し合うことになりました。このように一つのアートがきっかけで親子の会話・会議は始まったのです。 子どもと話し合うことのきっかけになり、そして、今起こっている社会問題を幼いながらも大人と話すことで、きっと子どもたちは成長と共にもっと考えを深めることができるのではないでしょうか。 また、ある園では先日の義援金のお願いのお便りから、震災についてのことを親子で話し、幼いながらもしっかりと「北陸がんばれ」の気持ちをもっていてくれたことに気づかされ、それが家族みんなの想いになったと、新聞の投稿欄で読ませていただきました。 またある園では、年長さんたちの「ありがとう」の言葉が部屋中にたくさん書いてあり、その中でも「ポストさんありがとう、いつもたくさんのお手紙を持っていてくれて(たぶんこんな感じだったかな?)」とありました。私たち大人は赤いポストがある事は見えていても、その中に入っている手紙の重さで大変だろうなんて考えもできないと思います。  私はこどもと向き合うことは、日常のほんの小さな子どもたちの心の想いを感じる事から始まるのではないかと思いました。  N・O(文責)

園長室だより 2月号 義援金ありがとうございました!!

今年の冬は寒暖の差が激しく、雪が積もる日もあれば、いきなり春を思わせる温かなで穏やかな日もありといった具合で、体調を整えるのに苦労される方もいらっしゃるのではないでしょうか。 そうこう言っている間に、1月が終わり2月になってしましました。子どもの頃は、月日の経つことを「あっという間に」・・なんて感じたことはなかったのですが、年々年を重ねるごとに短く感じるのは、やっぱり年齢のせいかな?  能登半島地震発生から1カ月が経ちました。 まず、皆様からの温かいご支援(義援金)を頂き、昨日「全国認定こども園協会」と「オール石川こども」の2団体に送金することができました。 各園の集計は、あかさかルンビニー園 ¥120.608―(凧あげ参加費を入れました) 平安こども園 ¥26.344―、くわこば保育園 ¥51.500―、KidsSpaceルンビニー(こども食堂)¥ 4.125―、合計202.577円、となりました。ルンビニー幼稚園は1月2週目からインフルエンザが流行っていて、園児さんたちが欠席し、集計がまだできないので、第2弾の時に送りますとのことでした。くわこば保育園のお友達からはお手紙まで入っていましたので、この紙面で載せました。本当にありがとうございました!!  さて、地震発生から石川の状況をオンライン会議で確認しながら支援を考えてきたところですが、おかげさまで今週月曜日の会議で、「オール石川こども」への義援金は2000万円を超えて集まり、物資も水が10トン以上集まりおむつやミルク等もかなりの数集まりましたと報告がありました。一応、物資はかなり集まったので、断水がどのくらい続くか未定でありますがここでストップをかけたいということです。また、義援金は第1弾として集計し、まだまだ被害状況がどの程度のものかわからないので、もしかしたら第2弾として時期を見てまたお願いしたいと考えているとのことでした。全国認定こども園協会のほうの義援金も、500万円を超えて集計できたとのことで この義援金を被災された園に分配するとのことでした。 また、能登の状況はかなりの市町で断水が続き、3月、4月まで復旧できそうにないとの報告があり、輪島や穴水、七尾市では、こども園や保育所を中心に一時預かりやエッセンシャルワーカー(看護師・自衛隊・警察・医師・保育者・教諭などの社会的労働者)の子供さんの預かりから、だんだん普段の保育に戻りつつあるが、断水で給食の準備ができないという声もありました。 さらに深刻なのは、各園児さんたちが様々な避難所や県外避難など二次避難などをされているのですが、園や各自治体の子ども課等でどこに子どもたちがいるのか(どのようなところで避難しているのか)把握できないのだそうです。 各園の先生たちは、子どもたちは無事なのか、ちゃんとご飯は食べられているのかしら、温かな場所で安心して過ごせているのかしら、と、一日も子どもたちのことを考えない日はないとおっしゃってました。園に戻ってほしいけど、このような状況では・・・・・ともお話しされました。 以前にもお話したかもしれませんが、幸せや平和というのは、日常が守られている、日常を過ごすことができているっていうことなのだとつくづく思います。私も含めて人は、もっとお金があったら、もっと仕事が来たら、もっと、もっと、もっとと、限りない欲望を求めて「もっとこうなれば、幸せになれる」とか、「平和になれる」と思いがちですが、そうではなく、今ある日常を過ごせることに幸せがあり平和があるのだと改めておもいました。 N・O(文責)

園長室だより 2024年1月号 「 能登半島震災の被災地の皆様に心からお見舞い申し上げます 」

新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。今年の元日は、能登半島を中心とした大きな地震が発生し、穏やかなお正月が深い悲しみと恐怖にかわりました。 地震と津波がもたらす被害は徐々にその全容を我々に見せ始め、なぎ倒された家々や無残に引き裂かれた道路、海岸端に転覆する船、いたるところにその爪痕は、まざまざと自然の脅威として、私たちの心にその姿を突き付けてきます。がれきと化した自宅の前で懸命に家族の名前を呼ぶ声、お正月の団らんで笑いあっていた声が一瞬にして叫び声と変わってしまうなんて、だれが想像できたでしょう。 私の自宅は伊万里の東山代で、伊万里湾の近くです。テレビの速報を見ていたら、夕方5時前に大きなサイレンが鳴り、防災無線から、「津波警報発令、海岸近くにいる人はすぐに離れてください」と、聞こえてきました。今、能登の速報画面を見ていたのに、ここにも(伊万里)にも津波の影響が・・・・と、驚きました。 犠牲となられた方々に深い哀悼の意を表しますとともに、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。 私は今全国認定こども園協会の代表をさせていただいていますので、2日から5日まで毎日オンラインで役員と石川支部の方々とミーティングを行い、状況を確認し何かできる事がないかを話し合っておりました。2日に分かったことは、金沢以北の能登半島地域に被害が集中して、金沢はほとんど影響がないこと。能登半島の多くで停電断水が起こり、道路が壊滅状態である事などでした。今はどうすることもできないということでした。3日には、自衛隊や国の災害対策部隊が入り救援活動が始まってきた事、そして、多くの物資が送られてきている事。ただ、個人での物資は受け取れず、企業のみに限定されている事。それは、必要なものが刻一刻と状況によって変わってくるので、個人の荷物はいろいろのものが詰められていて種分けができないということでした。企業であれば例えばキリン株式会社からは飲料水のケースというようにできる事だということです。また、物資の確保できるスペースが必要になる事も含め対応に準備がいる事。そこで、支部の方々が保育関係の業者(遊具や教材販売会社)と交渉し、大きな倉庫を使わせてもらう交渉をしたということでした。4日には、私と事務局で石川県・富山県の会員園に電話連絡をすることになり、私は石川県全部の園に電話をしたところ、輪島・七尾地区の園は電話がつながらない状態でしたが、金沢やそのほかの地域では繋がり、皆さんお元気そうで安心しました。4日に北海道の有志が穴水に到着し私たちがことづけた、おむつや簡易トイレなどを渡してもらいました。5日には協会中部地区の第2弾有志チームが同じように物資を届ける事が出来ました。5日のミーティングでは、国の災害救助チームが道路の応急工事をし、段差が少し低くなっていたので金沢の有志もなんとか物資を届けられたと報告されたのですが、輪島・珠洲はいまだに一般車両は入れない状態であり、音信不通の状況であるということです。 私は能登半島中間地点の穴水の認定こども園の先生と直接話をすることができ、自宅は崩壊し悲惨な状況であるなか、園が何とか無事で電気も来ていたので、地域の方が45人ほど避難してこられ、園の備蓄していた物資で避難所を開設しましたと聞きました。そして、「日本一の避難所にするぞーと、45人と元気に明るく前向きに考えていこうと、皆で頑張っています」と、話されました。 この4日間、私は直接現地に行ったわけではありませんが、色々なことを想い、色々なことを学び、色々なことを考えました。 どんなにつらいことが起きても、人は生きる希望を捨てない限り、生きることができるのだ! ひとりでは何もできないことが、人と協力をすることで、何かができる! 人は人がそばにいるだけで、いてくれるだけで生きられる。 そんなことを考えました。そして、多くの方々とつながっていることで生きているのだということも改めて思ったところです。 そして、生活発表会で年長組が「手袋を買いに(新見南吉作)」を演じてくれた母キツネの最後の言葉が脳裏を横切りました。 「人っていいものかしら・・・・・」           王寺直子

園長室だより 12月号(2023)

いよいよ師走となり、皆様方には何かと気ぜわしい毎日がやってくるのではないでしょうか?私も何か今年中にやってしまわなければいけない ような、脅迫概念が植え付けられていて、12月31日までに・・・・しなくっちゃ、なんて、自分でバタバタしているように思っております。  さて、各園の子どもさん達は、夏から初冬のこの期間、乳幼児教育・保育活動の充実期として元気に楽しく過ごしてくれました。特に、 各園11月から12月にかけ、「生活発表会」に取り組むなど、子どもさんの成長している姿を見ていただくことができました。  子どもたちにとってこの発表会はどのような意義があるのでしょう。ただ「毎年行うようになっているから」、とか、「昔からやっていることを 止めるわけにはいかない」など、先生たちの考えもそれぞれあることでしょうが、そもそも園は誰のためにあるのでしょう。 「働くご両親のために預かる場所」よりも、「子どもが豊かに乳幼児期教育・保育を受ける場所」ではないかと私は思います。すなわち 子どもの学びの場であるということです。 「子どもは遊びの中で学ぶ」「子どもは体験を通して学ぶ」「こどもは環境を通して学ぶ」と言われます。遊びとは大人のいう遊興ではなく、 毎日の日常での好奇心の追求であり、それぞれの子どもたちが様々なことに挑戦する体験であるのではないでしょうか。私たちは、一人一人が 主体的に取り組む環境を用意しなければなりません。それと同時に年齢に応じて、社会性をはぐくむ環境も整えねばなりません。一人一人と 社会性(大勢の中で生きること)相対することですがどちらも大切なのです。私たちの各園は、発表会を通じて一人一人がやりたいことに挑戦し、 クラスや学年の友達と力を合わせ何かをやり遂げるという環境を用意したのです。 そして、それぞれが挑戦することを選び取り組む様子や、友達と最後までやりきるところを皆さんの前で発表の形でお見せするのです。  先日、年長組の子どもたちに「なぜ発表会をするのだろうか?」と、たずねてみました。 みんなはいろいろなことを発言してくれます「褒めてもらうため」「お父さん、お母さん、おうちの人に喜んでもらうため」など、どの子も 皆さんのために、皆さんが嬉しい笑顔になるようにと口々に言うのです。子どもにとっては、自分の成長なんて意識はないのですね、すべて おうちの皆さんたちのためにという想いから、一生懸命に取り組んでいるのです。 子どもたちがそんな思いの中で活動をしている中、小さいながらも、「うまくいかない」、「何度やっても思うようにならない」、「やってみたら しんどかった」、や、「やった!できた!」といった達成感など、様々な心の葛藤がどんな時も起こるものです。その葛藤こそが成長の源かも しれません。うまくいくことより、うまくいかないことのほうが、私たちがこれまで生きてきた中で多かったと思いませんか?できなかった時 どのようにしてやりきってきたのか、諦めることもあったでしょう、また、歯を食いしばって頑張って乗り越えたこともあったでしょう。 子どもたちにとっては生活の中で人生の縮図のような、幼いながらもこの葛藤という経験をしているのです。だから私たちは「発表会」という場を 環境の一つとして、今も行っているのです。  私が発表会のことを聞いた時、だれか一人の子がこのように言ってました。「あのね、お父さんお母さんを感動させたいの!」と・・・・ 皆さんはこの子がいてくれるから(ご自分のお子さんがいてくれるから)、感動を与えてもらえるのですね。 この子の3歳の発表会も4歳の発表会も、5歳の発表会も、一生にたった1回きりなのです。 もう一度巻き戻したくても、もう2度と見ることができないから、感動するのです。 どうぞ皆様、子どもたちがいてくれること、そしてこんなにも喜びを与えてくれることに幸せを感じていただければ、私たち保育者は 「保育者冥利に尽きる」思いです。 そして、今年の発表会も皆様方のおかげで無事に終わることができました。心から御礼申し上げます。       それでは皆様 少し早いですけど、よいお年をお迎えください。                                                     浄元福祉会・華光学園                                                     理事長  王寺 直子

園長室だより 11月号(2023)

園長室だより 11月号  「幸せの瞬間」

月日の経つのが本当に早く感じております。今年も残すところ2カ月となってしまいました。あれほど暑い暑いと連呼していたのが、朝晩はブルっと震えるほど、秋が日増しに深まって来ましたね。県内外では4年ぶりの秋のお祭りが各地でにぎやかに開催されていて、やはり秋は浮立の音色とおみこしや山車の「ワッショイ!」や「えんやー!」の声が一番似合います!先日の「有田くんち」ではどの園も、元気いっぱいに「くんち」に色を添えてくれました。とっても可愛いかったですね!!

さて、私たちの日常は、こんなにも楽しく穏やかに過ぎているのですが、世界に目を向ければ、ウクライナとロシアばかりではなく、イスラエルとパレスチナまでもが争いを始めてしまいました。毎日のようにニュースで流れてくる映像に、瓦礫と化したガザの町や痛々しい姿で病院に搬送される多くの子供たちや市民の姿に、私は無意識に手を合わせてしまいます。色々な理由があることだとは思いますが、どんな理由があったとしても、戦争だけはやってはならないと強く思います。何千何万の子供たちの未来が一瞬にして奪われている現実が同じ時間を共有して生きている今まさに起こっているのです。

私たちの町に、ガザやウクライナの様にたくさんのミサイルが撃ち込まれてきたら、どこにどう逃げればよいのでしょう。ニュースの映像に映る子どもたちの不安と恐怖におののく表情が、私たちの子どもたちの表情だったら、私たちは何をしたらいいのでしょう。そんなことを考えると、この穏やかな日常がとても貴重なものであることを思います。家族がそろって食卓を囲み色々な話をしながら食べる夕食。子どもと一緒にお風呂に入り大きな声で笑いあう日常。美しい月を愛でながら空に散らばる星々に夢を語り合う秋の夜。静かな夜半にスースーとかすかに聞こえてくる子どもたちの寝息。何気ない毎日の営みの中に穏やかな時間が流れていることにさえ、当たり前だと思って過ごしている私たちなのですが、その当たり前な時間こそが、かけがえのない大切な時間なのではないでしょうか。

そして、このかけがえのない時間を「幸せ」と感じ、心から感謝の気持ちを持てるような私たちであらねばならないとつくづく思うのです。

先日、有田町の日常を紹介する小冊子が刊行されました。有田の魅力を発信するためのPR誌を数名のデザイナーさんたちが編集されたものです。「A町 とある町、有田町の一日」というフリーのphoto Zineで、手のひらにのるサイズの小冊子なのですが、ページをめくると何気ない日常が素敵な1枚の写真に収められていて、1枚1枚めくるたびに、何か温かな想いが伝わってきます。ここ数日、いえ、ここ数年間何かしら世界情勢の不安定感と人間の醜い様に心がすさんでいた私に、一服の清涼感みたいな、柔らかく心地いい風が吹いてきたように感じて、涙がでてしまいました。ここに収められている日常がとてもありがたくて、とても大切なんだと思うと、この町に生まれ、この町に暮らしている私自身が愛おしく、また、この町に住む人々が愛おしく思えるのです。

うまく言葉に表せないのですが、小さな冊子の中に大きく息づく幸せの瞬間を感じたので、皆様にもご紹介したくてお便りにしました。       NO

園長室だより 10月号(2023) 秋の夜長に・・・

曼珠沙華(彼岸花)の花が真っ赤に咲き、今年の暑さにもお別れできるかな?と、期待しているのですが、暑くても食欲だけは落ちない! 益々食べ盛りの私です。やっぱり、食欲の秋ですものね、黄金に実った稲穂が「そうだよ、そうだよ」と、ニコニコ揺れております。  子どもたちは、秋の訪れを感じて「彼岸花を見たよ」とか、「緑のイガ栗が落ちていたよ」と、嬉しそうに話してくれます。日本には 四季の移ろいがあるということを体感してくれています。  さて、今回は食欲の秋も大事ですが、読書の秋ともいうように「子どもと絵本」についてお話してみたいと思います。 毎月各園では、年齢に応じた月間絵本の購読をしており、子どもさん達も園で先生たちから読んでもらったり、うちに帰って保護者の 皆様方から読んでもらうことを楽しみに持ち帰っています。乳幼児の絵本は、読み聞かせが基本です。5歳児の中には「もう字が読めるから 自分で読みなさい」と思われる方もあるかと思いますが、子どもが一字一字を拾い読みしていてはストーリーが頭に入りません。 「む・か・し・む・か・し」と、この様に続かないのですね。さらに言えば、読み聞かせていただいていると絵本に描かれている絵や人物が、 生き生きと動いて見えるのです。(皆さんにはそんな経験がありませんか?) そして、何より、先生やおうちの方々のやさしい声が子どもたちの心に響き、穏やかな心の安定に繋がっていると思います。毎日布団に入る前のルーティンとして、絵本を読んでいただけると子どもたちは安心して眠れるのではないでしょうか。  また、近年ではスマートフォンの進化が目覚ましく本も読めたり、いろいろな情報や動画配信は手軽にスマートフォンでできる時代に なりました。スマホは私たちの日常生活には、なくてはならない必需品になっています。特に近頃では、子守の代わりにスマホを乳児に 見せている方も少なくないと聞きます。乳児は何か動いたり音が出ることに興味津々で、しばらくの間泣くことを忘れてスマホを注視してくれる ので、家事に忙しい時にとっては助かる道具になるのですが、乳児の頃からスマホを見ることが日常化し、スマホの依存が大きくなって しまうと、子どもの脳に大きな影響を与える事も報告されています。スマホを見ていて睡眠時間が少なくなったり、眠れなくなったりしたために、小児用の導眠剤を処方された子どもさんもいると聞いております。子どもが薬を使わなければ眠れないなんて普通ではないことだと思います。 子どもの1日、1日は心も体も成長し続けている大切な1日なのです。便利だからと言って、安易に大人と同じように様々なものを 与えていいのかと思います。  秋の夜長は、時には大人もスマホをポケットにしまって、虫の声に耳を傾けたり、美しい月の光に輝く、薄青い街の風景を静かに愛でる ひと時があってもいいものですね。 そして、子どもの可愛い寝顔を見ながら、少しくらいお茶碗洗うのが遅くなったり、洗濯物をたたむのが遅くなったりしても、 「まっ、いいか!」と、自分を楽にしてあげてくださいね。 私は毎日「まっ、いいか」って、サボってばかりですが・・・                                                      N・O(文責)

園長室だより 9月号(2023) 「素敵な夏をありがとう」

今年の夏は全国的に記録的な暑さが続きました。本当に秋が待ち遠しいですね。 さあ、そうは言っても9月がやってきて、2学期が始まりました。 こども達はどんな夏を過ごしてくれたのでしょう。海や山などに出かけて少し焼けた肌がたくましく感じています。  今年の7月夏休みからルンビニーグループは、「こどもの居場所・こどもが楽しい時間」 として、本町に「kids spaceルンビニー」をオープンしました。小学生を対象にした放課後児童クラブとは少し違う、子どもたちが自分たちで一日の活動プロジェクトを設定し仲間と協力して様々なミッションに挑戦する空間(スペース)を目的とするものです。 まだ少人数ですが20名~30名限定で行いたいと考えております。 毎日、宿題の時間の後は園の子どもたちと龍門に渓あそびに行ったり、スペースの看板を作ったり、色々な活動を決めて元気に楽しく過ごしていました。 そして、最大のミッションが「こどもが作る 子ども食堂・kids kitchenルンビニー」です。本町公民館をお借りして第1回目を8月22日PM17:00~19:00まで開催いたしました。メニューは「冷や汁そうめん・茄子のピザ」で、子どもは無料で中・高生は100円大人200円と設定し、皆で作り方を調べ材料も買い出しに出かけ、野菜を切ったり頑張りました。チラシも自分たちで作り、ポスティングも近所にみんなで出かけていきました。 当日は90食くらいのお客様で賑わい、受付から会場案内、接待など自分たちの役割きめからそれぞれの仕事を私たち大人が指導しないのに、「いらっしゃいませ」「ごゆっくり」や、注文数を「大人2に子ども3」など大きな声で厨房に伝えるなど活き活きと1年生と3年生とは思えないほどの活躍ぶりです。このspaceを始めるときに、保護者と子どもたちに「子ども達が皆で話し合って決める事・大人は口を出さない事」と説明し、担当の保育者にも子どもの意見を尊重すること、議論が迷走したら自分の(保育者)考えを伝えてみる事など、これまで園で行っている幼児教育のやり方で進める毎日を心掛けていました。 自分の意見を話すには、他の人の意見を聞かねばなりません。そして、自分の考えをどのように話したら伝わるのか、相手とどう折り合いをつければいいのかなど、毎日のミーティングや生活の中で子ども自身が獲得していったのです。 こども食堂のお客様の多くが、「こども達の活き活きした姿や、何より子どもが持つ純粋で温かな気持ちが、可愛くて嬉しくて、ほっこりしました。」と、おっしゃっていました。 勿論、お味も「優しくて美味しかった!」と好評でした。 そして、昨日小学校の始業式を終えてspaceの子ども達の保護者さんから、嬉しいことを聞きかした。「学校の先生からお電話があって、夏休みの様子の発表の時にA君が、今までにない明るい生き生きとしたした表情でkids spaceでの毎日を自信をもって話してくれました。すごく楽しかったのでしょうね。」と、また別の方からは「今まで週2回のスイミングを1回にしてください。だって水曜日が一番長くspaceにいられるから、お願い!」と、子どもがお母さんに話したのだそうです。自分の考えをしっかり伝えてくれることが今まであまりなかったので、驚きました」というものです。 たったひと月の体験や経験が子どもたちに自信を与え、人とのコミュニケーションをとる事の大切さを感じさせたのではないでしょうか。このようなことは各園で行った「夏祭り」でも見られていました。 子どもには無限の可能性がある事、こどもには自分で生きる力がある事、そして、大人の考え方や子どもに対する環境がいかに大切であるのか、この夏は私にも子どもたちが教えてくれました。素敵な夏をありがとう!!      N・O(文責)

園長室だより 8月号(2023)「せみ時雨」

 毎日のあいさつが「暑いですねー」で始まるくらい、夏は暑い!のですが、今年の夏は本当に暑い!!尋常ではない暑さに加え、この3年間、新型コロナウイルス感染症で外出制限やイベント開催の中止などで、全国各地のお祭りや花火大会が4年ぶりに開催され、人々は嬉々としてあふれるように外に出て、祭りを楽しむ熱気でヒートアップしているようにも感じております。この暑い夏でも子どもたちにとっては、毎日が冒険!色々な虫たちの出会いや、みんなで栽培した野菜たちがぐんぐん大きく成長して行く様子に驚いたりと、様々な出会いが大きな学びを与えてくれているようです。

 さて、今月のお話は何にしようかしらと思っていて考えている私の耳元に、セミたちのにぎやかな声が聞こえております。じっと聞いていると、せみ時雨の様にミンミン、ジージーと鳴いているかと思えば、時々大きな声で一斉に鳴き出す。それを聞きながら先月のお盆の日のことを思い出しました。

 7月15日のことです。私たちの園の中心は浄源寺という浄土真宗のお寺です。その元住職である父(理事長)は、毎年お盆と1月の御正忌には、歴代の住職のお墓に行きお参りをするのです。そのお墓というのが楠木原という地区の奥まった林の中に苔むしてたたずんでいるのです。90歳を超える父なので今年は私もついていくことになりました。

田んぼの畔をわたり、うっそうとした林の入り口まで行く細い道はデコボコや急斜面があったりするのですが、小径の周りの草は地区の方がきれいに払っていてくださったので安全に歩くことができました。林の中は日を遮られていたので少しだけ気温が低く、森林特有の香りがしました。そして、せみ時雨が林の中いっぱいに聞こえておりました。

 父は97歳になります。私は来年もここへ父は来れるのかなと思いながら、お墓に水をかけ、花を手向け、お線香をたき、そのお香の紫色の細い煙を見ながら、スマホで録画をしておこうと思い読経が始まるときからカメラを向けておりました。

誰もいない林の中で父のお経の声が静かに、せみ時雨とコラボするかのように響いておりました。読経が終わりにかかるころ、「南無阿弥陀仏」と繰り返し唱える部分にくると、

林の中のセミたちが一斉に大きな声で鳴きだしたのです。父のお経の声も聞こえなきくらいに。私はカメラを回しながら不思議な感覚になりました。林中のセミたちがあたかも一緒に「南無阿弥陀仏」と唱えているかのように思えたのです。

 私の頬に知らないうちに涙が流れ、言葉に表現できない感情があふれていたのでしょう。

お経というものは人間の言葉で人間が唱え、人間のためにあるものだと思っていたのですが、そうではなく、また、亡くなった方のためや、仏様を敬うためだけでもなかった。

林の中のすべての命あるもののため、この世界のすべての命と共に生きているという謳歌の様だと思えたのです。 

偶然だといえばそうでしょうが、その偶然をどのように受け止めるかで人は学ばせてもらえるのではないでしょうか・・子どもたちと虫たちの偶然の出会いで学びが始まるように。

 

はじめまして

毎月、園長の「独り言」的なブログを更新しております。このブログは園長本人が感動したり、考えたり、思ったりしたことを綴るもので、これが正しいとか人を諭すようなものでもありません。「園長ってこんな考えをするのだ」、とか、「こんな人なのかな」と、少しでもお判りいただき、私たちの目指す乳幼児教育についてご理解いただければと思っています。

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